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くすりの起源は

くすりの歴史

薬の歴史は『人類の歴史』と共に歩んできました。一万数千年前の縄文人たちの住居のあとからも、薬として使ったと見られる植物(薬草)が多数発見されています。

縄文人

昔のくすり

昔の人は木や草花、虫、鉱物など、自然にあるものを薬として使っていました。どんなものがどんな病気に効くのか、いろいろと試しながら発見してきた、私たち人類の知恵なのです。

いろいろな自然のくすり

古くからのくすり『ハッカク』

昔から中華料理の香辛料としても使われてきた『八角(ハッカク)』は、胃腸のはたらきを助けたり、かぜの症状をやわらげたりする薬として使われてきました。

八角

そのほかにも山椒(サンショウ)の実や桂皮(シナモン)は新陳代謝を活発にすることから漢方薬として今日でもひろく使われています。

神話のなかのくすり

植物をくすりとして使用していたことは、日本最古の歴史書『古事記』のなかにも記されています。

『古事記:因幡の白兎』
大国主には多くの兄弟(八十神)がいた。八十神が稲羽(因幡)のヤガミヒメを妻にしようと出掛けたとき、八十神はオオナムヂ(大国主)に荷物を全部持たせた。気多(けた)の岬に着くと、丸裸の兎が伏せっていた。八十神は、「お前の体を治すには、海水を浴び、高い山の上で風に当たっていると良い」と教えた。兎がその通りにすると、海水が乾くにつれて皮がひび割れ、さらに傷がひどくなった。

兎が痛みに苦しんで伏せっていると、そこに遅れてオオナムヂがやって来た。オオナムヂが何があったのかと問うと、兎はこう答えた。「私は淤岐嶋にいて、こちらに渡ろうと思ったが渡る手段がないので、海の和邇(わに)に「お前と私とでどちらが仲間が多いか競争しよう。できるだけ仲間を集めて気多の岬まで一列に並びなさい。私がその上を走りながら数えて渡るから」と言った。和邇は言われた通りに一列に並び、私はその上を跳んで行って、地面に下りようとする時に「お前たちは騙されたんだよ」と言うと、和邇は私を捕えて皮を剥いでしまった。先程通りかかった八十神に言われた通りにしたら、すっかり傷だらけになってしまった」。

オオナムヂは兎に、河口へ行って真水で体を洗い、そこに生えている蒲の花粉(蒲黄)を取ってその上で寝ると良いと教えた(蒲の花粉は傷薬に良く使われた)。兎が教えられた通りにすると、体は元通りに直った。この兎は、後に兎神と呼ばれるようになった。兎はオオナムヂに、「ヤガミヒメは八十神ではなくあなたを選ぶでしょう」と言った。

兎神

鑑真とくすり

中国の僧侶、鑑真は、唐から日本への渡航に五度も失敗し、途中で失明しながらも753年に来朝したそうです。鑑真は薬にとても詳しい医僧でもあったため、日本の医療進歩に大きく貢献しました。目は不自由でしたが、あらゆる薬を嗅ぎ分けて鑑別することができました。聖武天皇の夫人であった光明皇后の病気を治したこともあり、大僧正の位を授けられました。奈良の正倉院には、その当時の薬の一部が、いまも大切に保管されています。

鑑真

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監修:
慶應義塾大学 薬学部 医薬品情報学講座
教授 望月 眞弓先生
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